夜明け前のゴロワーズ(2006年12月)|青の輪郭 #12

ある映画監督からの突然の電話。仲間と向かった渋谷での一夜の出来事。
武田俊 2023.01.14
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  • この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。

【これまでの連載】

#0|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。

[高校編
▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
#1|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。

#2|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。

#3|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。

▼第2章 スローカーブが描く憂鬱
#4|アルトサックスと坂口安吾
本気で何かに打ち込める残りの期間を数えながら。

#5|替え玉さまよ、永遠に!
練習後のラーメンがぼくらに教えてくれたこと。

#6|避難小屋としての読書
本の中のハイパーリンクを片っ端から踏みまくる。

#7|10月にマウンドでぼくは誰かに話しかけたかった
本と野球、この2つが自分の中で空中分解しそうな矢先に。

#8|青い炎
堕落せよ、堕落せよ──ひとりぼっちのトレーニングルームで。

▼第3章 きみの名前
#9|太宰治とゲームボーイ
予備校通いの始まりとともに訪れた、初めての感情。

#10|ワイルドカードの名は、東京
漠然と決めかけていた進路、この世界の永遠。

[大学編
#11|青は、はじまりの色(2008年10月)
上京を経て時は移ろい、大学3年。世界と遊ぶ文芸誌『界遊』、はじまりの“編集会議”。

***

夜明け前のゴロワーズ(2006年12月)

 ぼくの所属する映画サークル・COMには伝説のOBが2人いる。
 ひとりが園子温、もうひとりが真利子哲也だ。
 まだ学生会館があったころ、学祭期間中となるとサークル棟に2人がやってきて、一緒に酒を飲んだりしていたらしい。ぼくが1年の頃、部長だった高田さんがそう教えてくれた。同じサークルからほんものの映画監督が出ていることに興奮して、ぼくはよく彼らの話を先輩たちにせがんだ。
「高田先輩、真利子さんってどんな作品撮ってたんですか?」
「そうだなあ、たくさん撮ってたけど、おれは『マリコ三十騎』が好きだね。卒業を前にした真利子さんが自分の祖先のことを調べてたら、海賊だったってわかるんだよ。で、その海賊になりきって、ふんどし一丁で学館取り壊し反対を叫びながら、キャンパス内を走り回るの。最後は海岸で、30人の男たちとふんどしのまま旗を降りまくるって8mm映画」
「マジっすか。やばすぎる……」
「『極東のマンション』もすごいよ。カンボジアで映像を撮って帰ってきた真利子さんがそれを両親に見せるんだけど、お母さんから徹底的に酷評されるんだよね。で、実家のマンションからカメラを抱えてバンジージャンプする話」
「狂ってる……」
「あの人は、真似できないよ。うちの備品のSONY VX2000あるでしょ。武田くんも使ってるあのDVカメラ。あれは真利子さんが、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で2年連続でグランプリを獲った時に、賞金で買ってくれたんだよ」
「真利子さんってすごい人だったんですね。高田先輩、ぼく、いつか会いたいです」
「きっとまた学祭来てくれるよ」
 そこまでいって彼はいつも被っているニットキャップに指を突っ込み、頭をかきながらいった。
「あとさ、高田さん、でいいから」
「はい?」
「先輩づけはやめてよ。体育会じゃないんだからさ」

 2006年の冬。
 このところ、そんな偉大な先輩たちのエピソードばかりを思い出すのは、ある違和感と焦りによって発生したひとつのシンプルな理由からだった。

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