青の輪郭|#7|10月にマウンドでぼくは誰かに話しかけたかった
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この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。
【これまでの連載】
0話|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。
▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
1話|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。
2話|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。
3話|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。
▼第2章 スローカーブが描く憂鬱
4話|アルトサックスと坂口安吾
本気で何かに打ち込める残りの期間を数えながら。
5話|替え玉さまよ、永遠に!
練習後のラーメンがぼくらに教えてくれたこと。
6話|避難小屋としての読書
本の中のハイパーリンクを片っ端から踏みまくる。
[注意:本エピソードには暴力表現が含まれています]
7 10月にマウンドでぼくは誰かに話しかけたかった
秋が深まる。でも、あの金色の夕陽に照らされる田んぼも、波打つような風もここにはない。ただ気温が下がった灰色の幹線道路沿いを、毎日自転車で往復するだけの日々だ。シーズンもあと数試合を残す季節になって、グラウンドでぼんやりと考えごとばかりしていた。
文学と高校野球っていうのはぼくの中では同居できても、どうも世間ではそうではないらしい。むしろ相反さえするものらしい。
本と野球。世界と向き合い、戦っていくためのふたつの鍵。自分の中ではそれぞれが大切で、何ならば合体してひとつの強力な武器にすらなるように思われていたそれが、バラバラにさせられてしまったような喪失感。
問題は単純で、本を好きな自分の心を野球部のチームメイトの前でさらせないことがストレスなのかもしれなかった。あるいは、そもそも好きな本の話をできる友人がクラスや学園の中にいないことが原因なのかもしれない。そうやってこの虚しさの由来を具体化すれば、解決策が導き出せるのかもしれない。でも、問題はもっと複雑で深刻なように思われた。
実戦形式のシートバッティング中のことだった。
投手陣はマウンドに集まり順番に打者の相手をする。順番待ちをしてしゃがんでいる間、ぼくはずっと一人のようだった。心の中を冷たく乾いた風が吹く。そういうとき、ぼんやりとここにはない風景が目の前に立ち現れるようになった。“いまここ”の風景が追いやられて、“どこでもないそこ”が最前面のレイヤーとして浮かび上がってくるような感じ。
ぼくがしゃがんでいたのは、マウンドに設えられた水撒きのための蛇口、その蓋の上だった。じっとそこを見つめていると、じわじわとグランドを侵食するように水が染み出してくる。それが小さな水たまりをつくったかと思うと、あっというまに面積は広がり、しばらくするとグラウンドは水の底に埋まってしまった。それでもさらに水量は増し、たちまち周囲の住宅を、校舎を、飲み込んでいった。そして、それは海になった。
その海のはじまりの場所に、ずぶ濡れのまま、今、しゃがんでいる。
ぼくだけが周囲と違う時間軸に生きているような感覚が全身を貫いた。すると、どことないさびしさと同時に、なぜか心が躍るようだった。この感じを書きとめたい。“どこでもないそこ”のことを記してみたい。でもメモがあるわけでもないし。
そこでふと、穂村弘の短歌のことを思い出した。感情が思い通りの形にならなくて、文章にもできない。そういうときに、歌や詩が生まれるのかもしれなかった。
どうかぼくが忘れませんように。
そう思って、必死に31音の中に閉じ込める。
自分の感覚に近いフレーズを選び、音数をかぞえ、情感に沿わせるようできるだけ忠実に。そうやって単語の粘土をこねて造形し焼き上がったものを、パズルのように組み合わせてみる。出来上がったのは、こんな歌だった。