青の輪郭|#4|アルトサックスと坂口安吾
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この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。
【これまでの連載】
0話|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。
▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
1話|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。
2話|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。
3話|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。
第2章
スローカーブが描く憂鬱
やむを得ぬ。死へ向かって歩むのだもの、聖人ならぬ二十前後の若者が、酒をのまずにいられようか。せめても女と時のまの火を遊ばずにいられようか。ゴロツキで、バクチ打ちで、死を恐れ、生に恋々とし、夜の誰よりも恋々とし、けれども彼等は愛国の詩人であった。いのちを人にささげる者を詩人という。唄う必要はないのである。詩人純粋なりといえ、迷わずにいのちをささげ得る筈はない。そんな化物はあり得ない。その迷う姿をあばいて何になるのさ何かの役に立つのかね?
4 アルトサックスと坂口安吾
授業終了のチャイムが鳴り、クラスメイトがおしゃべりをはじめるころにはすべての荷物をエナメルバッグに詰め込んで教室から出ていた。
部室までは、3面のハードコートが並ぶ中庭を突っ切るのが最短経路だ。いつものルートを選んでいると、直前まで体育の授業で使っていたのか、数人の中学生たちがラケットをローラーのついた巨大なケージにしまい終え、動かそうとしていた。
青くペイントされた金属製のフレーム。巨大なゆりかごのような形状をしたそれには40名分のテニスラケットとボール、ネットを固定するための支柱が積まれている。かなりの重さになっているのだろう。中学生の中でも小柄に見える彼らの体格は、どうにも頼りない。高校2年生になったぼくと比べてみると、大人と子どもくらいの差があった。
「手、貸そうか?」
斜めうしろから声をかけると、3人とも肩をびくっと震わせる。
「や、いいんです。大丈夫です……。」
そういって顔を真っ赤にさせて力むも、息遣いに反してローラーはなかなか動き出さない。前輪をのぞき込むと、ハードコートが陥没した箇所に食い込んだ上、小石を噛んでしまっている。
つとめて優しい声で、いいからいいからと声をかけ前方にまわり、小石を乗り上げるように背筋に力を込めてローラーをひっぱり上げる。思惑通りの動きをさせることができて、ケージはその勢いのまま進みだした。
「ありがとうございます!」
さっきまでの固い態度がなかったかのように、彼らは素直にお礼を返した。素朴でかわいいなあと思う。
まだ誰も来ていない部室でやることはふたつ。
エナメルバッグを右側の棚に、そっと置くこと。そして後で飲むためのプロテインの用意をすること。
愛用しているSAVASのホエイプロテイン(ココア味。それが一番マシなのだ)の大袋から入れっぱなしのシェーカーを取り出し、付属のスプーンで3スクープ分。それと文庫本を持って外に出る。
2週間前に先発投手として登板した試合で、ぼくは肘を痛めていた。肘の内側が痛くなるのはいつものことだったが、今回のものは少し様子がおかしかった。痛むのは関節の深いところで、何かが剥がれたような感覚があった。
しばらくボールを投げるのはやめたほうがいいね、まあこれもいい機会だと思ってね、特に下半身を重点的にトレーニングしてみてくださいよ。そういうドクターの指示に従い、全体練習には参加しない日々がはじまっていた。
トレーニングルームの鍵は体育教官室に保管されている。入ってすぐのスペースには、体育教師たちのデスク。学園もののドラマに出てくるような、どこにでもあるグレーのスチールデスクが島状に並んでいる。壁際には、定期的にがらんと大きな音を立てる巨大なステンレス製の製氷機と救急箱が並ぶ。奥の部屋にはソファが設えられた、談話室のようなスペース。
噂によるとその「奥の間」は、生活態度に問題のある生徒が個人的に呼び出される恐ろしい部屋で、だから誰も近づかなかった。
「そんなことなかったぜ? おれ一回そこで山神に呼び出されて、あいつがひろった銀杏を一緒に焼いて食ったんだよね」