青の輪郭|#2|幻のツーベース

野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。
武田俊 2022.10.01
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2 幻のツーベース

「武田、今日昼メシどうする? 俺は他の部の友達と一緒に食べに行って、その後また戻ってくるけど?」
 教会での式典が終わって、教室に戻る道すがら大井がいった。
 大方の部活は式典の日は練習をしない。スーツというのもあるし、そこまで追い込む部も少ないのだ。ただ野球部は例外で、むしろ式典後に広がる夕方までの長い時間は、グラウンドの使用競争率も下がるから貴重な全体練習時間になる。
「どこいくの?」
「まだ決めとらんのよ。麺や、かな」
 最近みんなに話題の本格的な豚骨ラーメンの店の名前を耳にして、その濃厚な味わいやのどごしを思い出し心が揺れる。
「いいなあ。でもお弁当持ってきてるし、図書館寄りたいから今日は別だな」
「オッケー、じゃあまた後で。最初の練習なんだから遅れるなよ」
「お前こそ、今日は替え玉控えとけよな!」
 正門を出ていく大井の背中にそう伝え、ぼくは足取りを変えて高校校舎1階にある図書館へと向かう。

 世の中の大抵の学校の野球部がそうであるように、この学園でも野球部のあり方は独特だった。
 強くもないのに練習はハード。特に高校になるとそのレベルは格段に上がるという噂があって、ぼくたちはそれを恐れていた。
 毎日7時前から朝練があり、授業が終わったあとは技術練習とランメニュー。ウェイトトレーニングを終えて帰るのは20時を越えるらしい。土日は練習試合で、休みはない。そういえば、廊下ですれ違う先輩たちは、朝練を終えたあともユニフォームのパンツはそのまま、上だけTシャツやパーカーに着替えて授業を受けていた。どうせ午後も練習があるのだから、私服なのをいいことに効率を重視して過ごしているようだった。
 それくらい野球漬けの3年間になることが明白だったから、「高校でも野球やる?」という質問はある種の禁句だった。

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