武田俊の読むラジオ|#51 生まれてはじめて文章を書くのがおもしろい
ニュースレターを定期的に出すのにいちばん難しいことがなにかといったら、この「本題」の前のこの部分を書くこと。これがあるからうまくいかない。ならすっ飛ばそうと思うも、そうするとなんだかあまりにぶっきらぼうな手紙のようで、いやになる。
そんなこんなでもう12月です。やっと「ちゃんと冬」って感じの寒さになってきましたね。もともと冬はうつの傾向が強かったんですが、近年そうでもなくなってきて、するとコートを着て歩くのが好きになった。夏よりすきかもしれません。
贅沢貧乏「おわるのをまっている」を観てきました
12月15日まで! まだ見れる可能性はあります。
場所は三軒茶屋シアタートラム。久々に世田谷線に乗っていきました。世田谷線というのは、都内に2本だけ残っている路面電車のうちのひとつ。これに乗る機会はあまりないから、乗ると幸せになれる電車です。そこの三軒茶屋駅を降りたら劇場はすぐ。それではっとして、そうかトラムって路面電車のことなのでした。劇場は、老若男女さまざまの人が詰めかけていて、これはぼくがいいなと思う酒場と同じ条件。平日のマチネなのに、これはすごく立派ですてきなこと。
以下HPのあらすじ。
<あらすじ>
派遣社員のマリ(綾乃彩)は、会社員のヨウ(薬丸翔)と共に暮らしている。マリは現在鬱(うつ)状態にあり、休職中。そんな中、ヨウが1ヶ月ほど海外出張へ行くことが決まる。気分転換にもなるし鬱もよくなるかもしれないからとヨウに誘われ、マリは一緒に行くことにする。
しかし、滞在先のホテルは少しおかしなホテルだった。隣室には猫を探し続けている女(銀粉蝶)や、掃除をしても綺麗にならない掃除係、記憶にない昔の友人が現れる。マリはそんなものたちに煩わされながら、部屋にぽっかりとあいた穴に気づき──。
舞台はすばらしかった。まず異国のホテルを中心とした美術がとてもすてき。衣装もすばらしい。ぼくはおしゃれということばを使うと、その対象はすでにおしゃれでなくなってしまのではないか、という強迫観念を抱えて生きているのですが、そういう面倒くささを取っ払っていえば、とてもおしゃれなしつらえで、それはうつというともすればシリアスの側に引っ張られすぎるテーマを扱う手つきとして優れているなあと思ったのです。
小説(や物語には)暗いテーマに引っ張る重力のようなものがある、といったのはたしか保坂和志だったかと思うのですが、シリアスに描くのは難しくなく、「軽く」描く方がずっと難しいが、成功したとき思わぬところにまで届く。そして特にぐっときたのは、うつを巡る象徴的な演出。ユングや春樹を想起させられるそれに、ハッとさせられました。
うつって気分の上下の問題がフォーカスされるけど、それは出力されるわかりやすい変化で、じつは記憶の欠如やループこそが主題なのではないか、と当事者10年目になるぼくは感じています。そしていま書いている自分の本の主題は、どうやらそこにあるのではないか。そう最近感じていたところ、山田さんもどうやらそこに注目したのではないかと思えて、共振するような気分でした。そこからは、舞台を見ながら同時に頭の中で、自分の本の執筆が進んでいるような状態に。
それで余韻に浸ったまま帰りたいので、いそいで預けたコートを回収していると山田さんがいらしたので感想を伝えつつ、またトラムに乗って帰ります。帰りに窓の外に偶然見つけたお店があって、そこに人が並んでいます。あれはなんだ。降りたあと近づいてみると、たい焼き屋さんで、行列に並んでぼくも買ってみました。行列に並ぶなんて普段ならぜったいにしないことで、そういうことができたことがとてもうれしい。
山田さんはうつに対して「おわるのをまつ」という視点で描いた。ぼくがするのはたぶん「はじまりまで行ってみる」なんだと思う。