青の輪郭|#6|避難小屋としての読書

本の中のハイパーリンクを片っ端から踏みまくる。
武田俊 2022.11.19
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  • この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。

【これまでの連載】

0話|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。

▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
1話|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。

2話|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。

3話|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。

▼第2章 スローカーブが描く憂鬱
4話|アルトサックスと坂口安吾
本気で何かに打ち込める残りの期間を数えながら。

5話|替え玉さまよ、永遠に!
練習後のラーメンがぼくらに教えてくれたこと。

***

6 避難小屋としての読書

 衝撃的だった『さようなら、ギャングたち』との出会いから、あいうえお順の現代小説棚の探索は、作者の高橋源一郎の全著作を読む方向に形を変えていった。いったいどんな人なんだろうか。作品だけでなく彼の人となりを調べていく。
 クラスメイトが熊田曜子や岩佐真悠子のグラビアを回し読みしている休み時間に、ぼくはひたすらしゃくれた顎に丸メガネのおじさんの人生を辿っていた。講談社文芸文庫版『さようなら、ギャングたち』の巻末には「年譜」が記されており、彼のライフストーリーはもちろん、雑誌に掲載したエッセイや、出演したテレビ番組、住んでいた町の名前までていねいに記されていたのだ。それをひたすら読み解いていく。
 1969年、18歳の彼は灘高校を卒業。東大の入試が中止されたことで、第一志望とした京都大学に落ち、横浜国立大学に入る。そのあとにはこんなことが書かれていた。

 ストライキ中のキャンパス内に寝泊まりするような日々が続いた。ラジカルな活動家として街頭デモなどに参加、逮捕留置をくり返した。11月には、凶器準備集合罪等で逮捕され、翌年の初めまで留置所と練馬にある東京少年鑑別所のあいだを往復した後、家庭裁判所送りとなった。
高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』(講談社現代文庫)P.365


 凶器準備集合罪、それが彼の罪状だった。それってどんな罪なんだ? 倫理の授業で見た「映像の世紀」での新宿騒乱の場面を思い出して、彼がゲバ棒とヘルメットの装いで連行されるイメージが頭を横切った。
 拘置所を出て、デビュー作を書き、本格的に小説家として活動するまで、ずっと彼は肉体労働者だったらしい。精悍な顔つきでオーバーオールを着た若い頃の写真が単行本の方に載っていた。肉体労働の中でも、もっともきついといわれる沖仲仕をやっていた頃のものだろう。背後に大きな船が写り、彼は港の手すりに座っていた。その様がどうにもかっこよく見えて、ぼくもいつか肉体労働をやるのだ、と心に決めた。

 読書の幅を広げるのに役立ったのは、彼のエッセイや書評集。生活の中に散りばめられた様々な本を紹介するテキスト群は、そのままジャンルを越えた書棚同士をつなぎ合わせるハイパーリンクとなる。

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