青は、はじまりの色(2008年10月)|青の輪郭 #11

上京を経て時は移ろい、大学3年。
世界と遊ぶ文芸誌『界遊』、はじまりの“編集会議”。
武田俊 2023.01.07
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  • この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。

【これまでの連載】

0話|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。

[高校編]
▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
1話|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。

2話|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。

3話|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。

▼第2章 スローカーブが描く憂鬱
4話|アルトサックスと坂口安吾
本気で何かに打ち込める残りの期間を数えながら。

5話|替え玉さまよ、永遠に!
練習後のラーメンがぼくらに教えてくれたこと。

6話|避難小屋としての読書
本の中のハイパーリンクを片っ端から踏みまくる。

7話|10月にマウンドでぼくは誰かに話しかけたかった
本と野球、この2つが自分の中で空中分解しそうな矢先に。

8話|青い炎
堕落せよ、堕落せよ──ひとりぼっちのトレーニングルームで。

▼第3章 きみの名前
9話|太宰治とゲームボーイ
予備校通いの始まりとともに訪れた、初めての感情。

10話|ワイルドカードの名は、東京
漠然と決めかけていた進路、この世界の永遠。

***

11 青は、はじまりの色

 本が届いた。青い本だ。
 料金表と睨みあい最後の最後まで悩んだ末、オプション料金を払って施したグロスPP加工の表紙が、10月の午後の光を反射させ、水面のように輝いている。仲間たちが、クリスマスプレゼントに群がる子どものような勢いで、我先にとぼくの肩越しから本を覗きこむ。
「おい武田、はやく見せろよ!」
 そういいながら手を伸ばしてきた飯山を振りほどき、ページをめくりたくなる欲望をなんとか抑える。まず、400部と見本の10部が詰め込まれたこの段ボールたちを移動させなければいけないだろう。
「みんな、いったん待って! まず在庫をちゃんと管理しよう。飯山と古見はサークル備品の台車を持ってきて、できたら2台。残りのみんなで、この段ボールの整理。台車が届いたら、ピストンで部室まで運び込もう」
 指示を出してから、ふたりが地下に向かい台車を転がしながら戻ってくるのに、さほど時間はかからなかった。
 すぐにぼくの所属する映画サークル、シネマ・オリジナル・メンバーズ、略称COMにあてがわれた部室に運び込む。入学する前年に立て壊された学生会館跡に立ったこの外濠校舎は、かつてそこで展開されていた学生運動と自治文化を根こそぎ漂白するかのような、都会的でクリーンな完成CGに不評が集まっていたけれど、完成したらしたで部室があるということの利便性には抗えない。ジェントリフィケーションという言葉をまだ知らなかったから、具体的に批判可能な視座を持つこともできなかった。いつだって、クリティカルな行動には、言葉が先立つものだ。
 一通りの運搬が終わって、最後にひとつだけ残したダンボールをみんなで囲んだ。ひとり1冊ずつ、進呈していこうと思っていた。まずは古見、飯山から。順番におつかれさま、どうぞ、と声をかけながら渡していく。
 表紙、背表紙、裏表紙という境界を越え、またがるように大きく配置したタイトルの題字は、本が開かれることでようやく意味を成し、周囲の人がそれを解読できる仕掛けになっている。Appleがラップトップを背面にロゴを配置し、周りの人が「あ、Macだ」と気づけるように。
 だから、ぼくらの前を横切っていく学生たちがタイトルに気がつくことができるように、横一列に並んで座りこの青い本を開いた。光を集めた青色の表紙が等間隔に並び、それぞれが水槽を大切に抱えているように見える。
「なあ、やっと完成したな。これ、なかなかいいんじゃないか?」
 浮き足立っている心を落ち着けるようにして、古見の横に座りながら声をかける。
「……そうだな」
「なんだよ、うれしくないのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
 古見はそこで一度言葉を止め、長く伸ばした髪を手で払いながら、慎重を期すように続けた。

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