青の輪郭|#9|太宰治とゲームボーイ
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この連載「青の輪郭」について詳しくは下記をご参照ください。
【これまでの連載】
0話|プロローグ
出発地点として借りたのは、東池袋駅徒歩1分の雑居ビル。
▼第1章 バイバイ、マイ・チャイルドフッド
1話|You Know You’re Right
高校1年の春、16歳。毎月のように変わっていく世界の見取り図。
2話|幻のツーベース
野球を愛する者だけの間で交換される感情と経験。
3話|図書館の森、リノリウムの木漏れ日
読書への目覚め、ある一冊との衝撃的な出会い。
▼第2章 スローカーブが描く憂鬱
4話|アルトサックスと坂口安吾
本気で何かに打ち込める残りの期間を数えながら。
5話|替え玉さまよ、永遠に!
練習後のラーメンがぼくらに教えてくれたこと。
6話|避難小屋としての読書
本の中のハイパーリンクを片っ端から踏みまくる。
7話|10月にマウンドでぼくは誰かに話しかけたかった
本と野球、この2つが自分の中で空中分解しそうな矢先に。
8話|青い炎
堕落せよ、堕落せよ──ひとりぼっちのトレーニングルームで。
第4章
きみの名前
小学生の ノートのうえに
机のうえに 樹の幹に
砂のうえ 雪のうえに
わたしは書く きみの名を
読んだ すべてのページのうえに
すべての 白いページのうえに
石や血や 紙や灰のうえに
わたしは書く きみの名を
(中略)
欲望もない 放心のうえに
まる裸の 孤独のうえに
そして 死の行進のうえに
わたしは書く きみの名を
力強い ひとつの言葉にはげまされて
わたしは ふたたび人生を始める
わたしは生まれてきた きみを知るために
きみの名を呼ぶために
自由よ
9 太宰治とゲームボーイ
引退してから、学校にちゃんと行かない日が続いていた。
それまで朝6時には家を出ていたのに、8時半に間に合えばいいんだと思ったら、そもそも何の必要があって学校に行くべきなのかわからない。
自転車は、そういう気ままな感情を乗せて運ぶのに最適なビークルだ。心が騒ぎ立てる日には、子どもの頃によく家族で出かけていた平和公園に行く。膨大な数の墓標を両脇に携えた通りを進んでいくと、その果てに広大な芝生の広場と森林が広がっている。
丘陵地を拓いた芝生の広場は、自然界が描いた曲面が複雑で目にも楽しい。
ところどころに遊歩道が設けられていて、犬の散歩をしているマダムや子連れの若い母親が通りかかるくらいで、平日の昼間は閑散としている。
メタセコイア広場という、樹高が30メートルほどになる針葉樹が植えられた場所がお気に入りで、これといった木を見つけるとその幹を背もたれにして本をひらく。
ふとページから目を離して視線を上げると、猫が野鳥を追いかけまわそうと草陰に身を潜めている。「どうぶつ奇想天外」で見た狩りをするライオンとまったく同じかっこうで、姿勢を低くじりじりと距離を詰めていて、お、本気だと思うとなんだか笑えてくる。その横から飛んできた大きなミヤマカミキリが、背後の木にしがみつく。そこであきるまで本を読み、キリがついたら学校に行ってみる。
こんな時間が自分の人生に訪れるとは思っていなかった。
というか、訪れてしまったことはまずいことでもあった。
なんたって、高校3年生の秋なのだ。