武田俊の読むラジオ|#48 鳥ももと豆腐のハンバーグ
今月末で1歳になるイオは、離乳食を卒業して完了食というのに突入しました。完了食ってワード、それまで知らなかった。まあほとんど大人のご飯と同じようなのです。軟飯だったのが、やわらかめに炊いた普通のごはんを食べられる。奥歯はないので、歯茎でつぶせるくらいのやわらかさで。おかずは、塩分と油分は最小にして、うまみを前に出す。そういう意識でつくっています。
週末にストックをつくったのが、鳥ももと豆腐のハンバーグ。大人用の鍋のために、豆腐を入れた鳥つくねをつくろうと思ったとき、これをイオのごはんにしたらいいと。それで、たくさんの鳥ももと玉ねぎ、豆腐をフードブレンダーでぶいーんといっせいに砕いて、少しのおしょうゆ、おだしで伸ばし、片栗粉でまとめる。それを小さくまとめて2枚ずつラップして冷凍庫へ。これが大好評で父はとてもうれしい。ストックがたくさんあるのも豊かなきもち。今週はこれで運用します。
空中日記 #140|千代田区のハイパームーン
10月14日(月)
イオが生まれてから、三連休がまったくうれしくない。というか昔から、なんとか苦手な社会と折り合いをつけて生きるためのあこれこれを整備しているのに、そのリズムか崩れるから連休はきらいだった。気持ちのいい天気なのに、てんでだめな日。重力が強くて、部屋にひきこもらせてもらう。明確なうつっぽくはないけど、これは明らかに異様な重力。苦手な昼寝がはかどるのがその理由。とても損した気分で夜、2ヶ月ぶりの美容室にゆく。予約は20時。この時間の上り電車は空いている。ファイターズの健闘を称え、お祝いのことばをかけてから、おしゃべり。久々にヘアスタイルをマイナーチェンジして、ずっとわけていた前髪を流すことにした。髪を切り終わったあと、時計は21時半を差していて、この時間の表参道は静かだった。静かで、ひとがすくない都心は好きだ。平日最後の予約枠で、美容室に行くこと。都市体験として豊かなものかもしれない。
10月15日(火)
体調がすこし回復。保育園送ってカフェ作業して、スーパーへ。こういう時にいつも日常的動作や家事など、すべての「アウトプット」を張り切ってしまいその反動でうつになるから気をつけねばと思っていながら、鮮魚売り場でまるまると太ったアジが3匹600円で売っていたので、丸のまま買ってしまう。返って下準備。アジングでこんなの釣れたら声を上げてよろこんでしまうなあ。何を食べてこんな太くなったのだろうと思ってわくわくしながら胃を開帳すると、大量の小魚が飛び出してきた。1匹だけ刺身用にぴちっとシートで脱水して、2匹は塩焼きに。大量の豚汁もつくる。
イオのごはんは、豚汁の具の部分、つくりおきのなすの煮物、おにぎり、さつまいものおやき。好評のまま一気に食べ尽くされて幸せ。
10月16日(水)
ニュースレターにちくさ正文館の古田店長のことについて書く。本のためのエッセイを書きたいのに、こういうぱっと思いついたものを先に形にしないといろいろと「毒」なので、やってしまう。しかしそれだけで今日の出力ぶんの体力が尽きてしまったようだ。難儀。
10月17日(木)
このところ、鼻水が出ているイオ。保育園に預け、一気に今日の分の授業のスライドを整える。毎年授業はアップデートしたいし、ずっと頭の中でこねているのに、実際にスライドに手をつけるのが直前になってしまうのはなんでだろう。なんとかギリギリに仕上げ市ヶ谷に向かう途中の電車で保育園から電話。留守電に「イオちゃんの体調のことでお伝えしたいとが──」と入っており、じゅんちゅんにLINEをする。やはり熱を出したよう。
今日の授業は「デジタルメディアによる恩恵と危機」。前回のおさらいとしてデジタルとアナログの特性、技術的な差異を振り返り、「紙の本と電子書籍それぞれの強みと魅力」についてのミニワーク。これは、双方のメリデメがトレードオフなことに気づいてほしいためのもの。そこからフィルターバブルやメディア物質主義のはなし。昨年からかなりアップデートしたけれど、なかなかうまくいった気分。
だいたい授業のあと残っているのは女子学生たちで、一緒にエレベーターで降りることになる。一人暮らし組が今日の晩ごはんで悩んでいて、それを実家組が聞いている。地階ついて中庭を連れだって歩いていると、富士見ゲート上部の窓に煌煌と光る月が映り込んでいた。先生、今日ってマジックムーンなんですよ、といわれ、そうかと思い、とうの月を3人で探すもなかなか見つからない。しばらく上を向いて右往左往していて、数分後、想像もしてなかった角度に明るい月があらわれ、声を立てて笑った。
松田道雄『子どものものさし』(平凡社)を読む。STANDARD BOOKSはたたずまいがかわいく美しい。
帰りみち、最近自分に続いているBADな流れを断ちきり消毒すべく、3年前に引っ越してからずっと気になっていた老舗酒場にゆく。能動的な飲酒をやめて4年ほど経っているので、ひとりで酒場にゆくのはたぶんコロナ禍以来なので5年ぶりか。思っていたより奥に長く、個人客用の長いコの字型カウンターで、芋ソーダとしめ鯖、キャベツ、串をいくつか。串はオリジナルのにんにくだれというのがいい。串ものの安心感の中に、お店独自の工夫が楽しい。つまみながら、依頼された書評執筆のため再読中の平野紗季子『ショートケーキは背中から』をひらく。1時間半弱の滞在で、見えないいろんなゲージが回復した、気がする。
10月18日(金)
朝から雨降りの日。昨晩イオは、家に到着するなりいそいそと自ら寝床の方に移動していき、ごはんを食べてすぐに眠ったらしい。熱は36.8℃と平熱で、自分で寝て治してえらいと思う。鼻はまだ出るけれど、元気そうで一安心。
お昼、母がくるので駅まで迎えに。食材を切らしていたので、一緒に野菜、生鮮食品その他たくさん買いものをして、肩が抜けそうになりながら帰宅。晩ごはんにごまみそ担々鍋的なものをつくろうと思い、ごまをすろうと引き戸を開けると白ごまが圧倒的に足りなく、やむなく黒ごまをメインとする。すったごまを土鍋に入れてすこし煎って、そこに味噌を練り合わせてゆく。こうすると香ばしい。香ばしいだけで、特別な鍋になる。鶏ガラスープと煮干しだしを加えて伸ばし、味を調える。コクが足りなかったのでオリゴ糖を加えようと冷蔵庫を開けると、手はほとんど同じ形状のドレッシングのボトルをつかみ、目で確認するまえに鍋に振り入れた。大さじ2くらい入ってしまい泣きそうになるが、なんとか足し算で調整。できあがりは地獄の闇みたいな色だったが、バランスのいい味に。
鳥ももと玉ねぎ、豆腐をブレンダーで粉砕し、鳥のつみれもつくる。これを焼いてイオのごはんにする。味見をするととてもいい味。イオはそれを手づかみで一心不乱に食べていた。
食事の用意をしているあいだに、驚くほどの距離をすいすい歩いた模様。病気が開けると、毎回一気に成長を見せてくれる気がする。ダムがひらかれ、放水をはじめたかのような勢いである。
10月19日(土)
朝、イオにごはんをあげたあと、母にめんどうを見てもらっている間に部屋に引きこもる。平日、どうしても個となる時間が足りないようで、それをチャージしたいようだ。こういう時、本を読めばいいのにぼくはゲームをしたがる。『ペルソナ3 リロード』の続き。プレイヤブルなキャラクターがひとり死んでしまってショックを受けながら、10月末まで。
pomeraと本だけ持ってカフェへ。ル=グウィン『文体の舵をとれ』の5章の課題をこなす。今回のテーマは『形容詞と副詞』。どちらも使わずに700字以内のワンシーンを描け、というもの。これが想像以上にむずかしく時間がかかった。こんなかんじかな、というところまで進め顔をあげると、目抜き通りいっぱいに警官の姿が見えた。人数のわりに緊迫感がなく、背の低い柵で導線をつくっているところから、デモだろうと推測する。でもこの町でそんな大規模なデモが? 次第に警官の数がさらに増え、中には公安の姿もちらほら。異変に気づき始めた店内のおばあちゃんグループが沸き立ち、その中のひとりが「あたし、聞いてくるっ」と飛び出した。すぐに戻ってきて「なんか、ソーリが来るらしいわよっ」と友人たちだけでなく、店内のみんなに告げるようにいった。
ダイソーでハロウィンのかざりなどを買う。子どもが生まれると、これまで目に入らなかったものが、世界にはたくさんあって、それぞれに楽しみがあることに気づかされる。その連続。
10月20日(日)
父が習い始めたピアノをイオの誕生祝いに披露したい、というのが今回の家族集合の主目的で、11時半に迎えにゆく。駅ビルのストリートピアノを事前にリサーチしていた父は、すでに9時台に上京して「リハーサル」をひとりで行っていたらしい。このあたりの性格、ここまでではないにしろだいぶぼくは継承しているな……。
演目は当初、メンデルスゾーン『歌の翼に』を考えていたらしいが、バカラック『Close to you』に変更。思っていたよりずっとスムーズに指が動いていた。それをぼくはYoutubeでよく見るストリートピアノ動画の画角で撮影。ちゃんと奥にイオを抱いたじゅんちゃんを配置して。
お昼は〈鮨松〉の出前。すしの出前は、小さな子どもがいる家庭のハレの食事としてとてもいい選択。ケーキも食べて全員満腹になった。イオはこの数日成長めざましい。すっと自分で立ち、声を上げながら自由に歩く、歩こうとする。おしゃべりもさかんで「はい」「どうじょ」「もいもい(絵本のタイトル)」とさかんに口にする。やはり、病気の回復期と成長がぐんと伸びるフェーズは重なっている気がする。病気がそれまでの成長フェーズのボスキャラみたいな感じで、それを倒すとたくさんの経験値を得て、次のステージに進める、という感じ。
最近撮ったお気に入りの1枚。自分の表現の中で、素直に好きと思えるのは写真くらいだ。
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