77|ことばにしないでおこう

明日から後期の授業なので、いつものように編集についてぼーっと考えている。
編集者の仕事ってなんだろうか。
授業用や仕事用に「ぼくはこう考えているよ」と説明するフレーズがいくつかあって、でもいま、そうじゃないいいかたをしてみたくなっている。
編集者の仕事のいちばんはじめの段階とはなにか。
そのファーストアクションは、アイディアをまとめるとか、企画のひながたをつくるとかではたぶんなくて、ぼくなりにいうならば「良さをことばにしてみる」からはじまる、気がする。
対象はなんでもいい。
今期のアニメ、TikTok発でバズった楽曲、静かに話題な批評書。それらが持っている「良さ」とはなにか。その「良さ」をどんなひとがどう感じ取って、広がったのか。そういうことをいつもぐるぐる考えている。時代のムード、隣接領域のトレンド、作り手の過去の作品──。
さまざまな付帯情報をたぐり寄せて、文脈をくっつけたりして、自分でも納得いくような視点が持てると、とても気持ちがいい。なるほど、そうだったのか!
編集者はたぶんそういうことをずっとやっている生きもので、飲み会や会議でそういった語りを繰り返す。続けていると上手になるもので、そもそも自分では興味のないものでのもその「良さ」をうまく語れるようになったりする。それが仕事になっていく。
続ければ癖になるもので、だからいつも、ものの「良さ」を言語化しようとしている。仕事に関係なく、生活しているだけで、ぜんぶを説明しよう、できるようにしておこう。そんな感覚がオートパイロットモードみたいにぐーんと起動している。起きているあいだずっと。ひょっとしたら、寝ているあいだも。
っていうか言語化、ってことば自体がまたひとつのバズワードだ。言語化できると、他者に伝えることができる。言語化がうまいひと=仕事のよくできるひと、のように思われている。言語化がうまくていいね、といわれたりもする。どうしたらそんなに言語化が上手になるのですか、とかよく学生にもいわれる。
けれどひとつ大きな落とし穴がある。